まちを通る風を感じて

防災・復興まちづくり研究者,市古太郎のBlog

書評:ニール・スミス「ジェントリフィケーションと報復都市」


都市計画学会誌(347号,2020/11)の書評欄に寄稿させていただきました.

 本書は,米国州立大学の参考書として活用されるSusan S.FainsteinのReadings in Urban Theory(3rd edition, 2011)にも論考が収録され,Gentrificationに関する理論書と評価されている一冊である.
 大著であるが,この書の魅力は,①都市開発とGentrificationをめぐる楽観主義的都市理論への批判的レビュー,②シンプルかつ鮮やかな地代格差論と不均衡発展論によるGentrificationの理論化,③ニューヨークハーレム等を対象とした実証研究の提示,④都市のフロンティアに関する闘争的ないし運動論的洞察,にあるように思われる.19世紀後半以降の都市拡大と郊外開発が行きつくところまで到達し,開発利益が逓減する20世紀中盤以降,資本が再び都心空間へ回帰していく運動,これをスミスは緻密に,かつラディカルに描き出し,1990年代以降のPost-Gentrificationという言説に対して,報復都市という都市論を提示する.
 さて,本文でも参照されるGentrification理論における消費者主権の主張,すなわち不動産と建築とアートが手を取り合って「魅惑的で洗練された景観へとエリアを塗り替えていく」「なにひとつ不満なことなどないではないか」について,スミスは切り込んでいく訳であるが,その鮮やかさに圧倒されつつ,専門職能としての都市計画家という視点をどこまで有しているだろう,という疑問は残されていよう.都市計画の役割と都市計画家の使命,そこを考える余地があるからこそ(Planning Theoryでなく) Urban Theoryなのかもしれない.
 そして今回,本書を取り上げたのは,巨大災害からの復興現場で直面する都市空間・生活回復の課題を洞察していく上で,もしくは事前復興の視点から「いま,ここ」の都市空間の計画論を考える補助線となる1冊である故である.スミスはGentrificationがもつ資本回帰による,住民の立ち退きやアファーマティブ・アクションに対する暴力的な性格を「報復都市」として理論化している.そうならねばよい,と思いつつ,楽観主義的だけでなくGentrification理論がえぐり出す現代都市の課題を,都市計画×防災復興との関係から深めていく,その上でも必読の書であるように思う.

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